脳卒中とは
脳卒中とは、脳の血管に突然障害が生じ、脳の一部が正常に機能しなくなる病気の総称です。主なタイプとして「脳梗塞」「脳出血」「くも膜下出血」の3つがあり、それぞれ原因や症状、治療法が異なります。脳卒中は治療が遅れるほど重い後遺症が残りやすく、時には生命を脅かす危険性もあるため、早期発見・早期対応が極めて重要です。
予防の重要性
脳卒中は一度発症すると、死亡や後遺症を残すことが少なくありません。特に岩手県は、全国的にも脳卒中による死亡率が高いことで知られています。
アメリカ心臓/脳卒中協会(AHA/ASA)が2024年に発表した新しいガイドラインでは、Life’s Essential 8として以下の8項目を推奨しています。これらを意識することで、脳卒中を含む心血管疾患のリスクを大きく下げることができます。
- タバコを吸わない
- 身体的に活動的である
- 健康的な食事をする
- 適切な睡眠を取る
- 体重を管理する
- 血圧を良好にコントロールする
- 血糖値を良好にコントロールする
- コレステロールを良好にコントロールする
主な予防策
血糖管理
- 血糖値が高い状態が続くと血管を傷つけ、脳卒中を含む様々な合併症リスクが上昇します。
- 糖尿病の重症度を表すHbA1cが1%上昇すると、脳卒中のリスクが約12%上昇すると言われています。
- 糖尿病の方は、主治医の指示のもと血糖値をこまめに測定し、食事療法や適度な運動を取り入れることが重要です。
血圧管理
- 血圧を130/80 mmHg未満に保つことが、脳卒中の予防に推奨されています。
- 高血圧が続くと血管への負担が大きくなり、脳出血や脳梗塞のリスクが高まります。
- 適切な降圧薬の使用、減塩など生活習慣の改善、定期的な血圧測定を習慣化しましょう。
コレステロール管理
- LDLコレステロール(悪玉コレステロール)は動脈硬化の進行に深く関わっています。
- 心筋梗塞や脳梗塞を起こした既往のある方は、特に厳密な管理が必要です。
- 危険因子の有無や年齢などにより管理目標値は異なるため、主治医の指示に従って適切なコレステロール値を維持しましょう。
- 薬物治療に加え、食事療法や生活習慣の改善が重要です。
脳卒中の種類と原因
脳卒中は、発症の原因によって大きく3つのタイプに分けられます。
それぞれ原因や症状、治療法が異なるため、早期の適切な診断と治療が欠かせません。
1. 脳梗塞(約70%)
脳梗塞は、脳を養う血管が血栓や動脈硬化により詰まり、血流が途絶えることで脳組織が損傷を受ける病気です。脳卒中全体の約70%を占め、寝たきりになる原因疾患の第1位といわれています。
主なリスク要因
- 高血圧:血管の壁に負担をかけ、動脈硬化を進行させる
- 糖尿病:血管壁を傷つけ、血栓形成のリスクを高める
- 脂質異常症:特にLDLコレステロール高値が動脈硬化を促進する
- 心房細動:不整脈の一種。心臓内に血栓ができ、脳へ飛んで血管を詰まらせる場合がある
高齢者に多い病気ですが、生活習慣病を抱える中年世代の発症リスクも無視できません。
2. 脳出血(約20%)
脳内の血管が破れて出血し、漏れ出した血液が脳組織を圧迫することで障害を引き起こします。脳卒中の約20%を占め、ほとんどは高血圧が原因です。
主なリスク要因
- 高血圧:血管壁が弱くなり、破裂しやすくなる。最も大きな原因
- 動静脈奇形:先天的に異常な血管構造があり、破裂しやすい場合がある
- アミロイドアンギオパチー:動脈にアミロイドが沈着し血管壁が脆弱化する
出血の部位や大きさによって様々な程度の頭痛や意識障害、手足の麻痺など様々な症状を引き起こします。
3. くも膜下出血(約10%)
脳を包む膜の一つである「くも膜」の下にある空間に出血が起きる病気です。脳卒中のうち約10%を占め、主な原因は脳動脈瘤の破裂です。
主なリスク要因
- 脳動脈瘤の破裂:血管の弱い部分が膨らんで、破れることで出血
- 動静脈奇形:血管の先天的異常が関与することもある
「バットで殴られたような、突然の激しい頭痛」が代表的な症状で、比較的若い世代にも起こる場合があります。発症時には早急な治療を要する重篤な病気です。
脳卒中の特徴的な症状
脳卒中の特徴的な症状 脳卒中では、障害を受けた脳の部位に応じて様々な症状が急激に現れます。これらの症状にいち早く気づき、迅速に対応することで後遺症や死亡リスクを軽減できる可能性が高まります。脳卒中の疑いがある場合は、迷わず速やかに医療機関を受診しましょう。
片側の手足の麻痺
特徴
脳の運動を司る領域や神経経路が損傷されると、反対側の手足の動きが急に悪化し、力が入らなくなる場合があります。
症状の程度
軽度の力の入りづらさから、まったく動かせない重度の麻痺まで様々です。
顔面の片側が垂れる
特徴
顔面筋を動かす神経が障害を受けると、片側の口角が下がる、飲み物が片方の口からこぼれるなどの症状が見られます。
早期発見
周囲の人も気づきやすいため、早期の受診につながることがあります。
言語障害
原因
言語を司る脳の領域(ブローカ野・ウェルニッケ野など)の損傷
症状例
- 発話障害:言葉がうまく出ない、単語がつながらない
- 理解障害:他人の話す内容が理解できない
視覚障害
原因
視覚情報を処理する後頭葉や視神経経路への障害
症状の例
- 同名半盲:左右どちらか片側の視野が見えない
- 視野欠損:一部の視界がぼやける、欠けるなど
- 片目の視力低下:片方の目だけが見えづらくなる
めまい、ふらつき
原因
脳幹や小脳の障害
症状
急に強いめまいが起こる、ふらついて立ち上がれない、歩行が困難になるなど。動くと悪化する場合があり、酔ったような状態を感じることもあります。
意識障害
原因
脳全体の血流が低下したり、脳幹が直接損傷されることで起こる
症状の程度
- 軽度:ぼんやりして反応が遅い
- 重度:意識を完全に失う昏睡状態
- 緊急性:生命に直結する場合が多く、一刻も早い治療が必要です。
激しい頭痛
特徴
特にくも膜下出血に多く、「バットで殴られたような突然の激しい頭痛」が典型的です。
随伴症状
吐き気や嘔吐、意識障害を伴うこともあります。ただちに医療機関を受診してください。
FASTテストで脳卒中チェック
脳卒中が疑われる場合、簡単に症状を確認する方法として「FASTテスト」が役立ちます。これは、顔(Face)・腕(Arms)・言葉(Speech)・時間(Time) の4つのポイントをチェックし、脳卒中の可能性を早期に見極めるための手法です。それぞれのポイントについて、以下で詳しく解説します。
F:Face(顔)
チェック方法
患者に笑顔を作ってもらい、顔の左右が対称かどうかを確認します。
異常のサイン
片側の顔が垂れていたり、口角が上がらない場合は、顔面の筋肉を動かす神経が障害されている可能性があります。
A:Arms(腕)
チェック方法
患者に両腕を前に伸ばして上げてもらいます。
異常のサイン
片方の腕だけが下がってしまう場合や、腕が重く感じて上げられない場合は、腕を制御する神経が損傷されている可能性があります。
S:Speech(言葉)
チェック方法
患者に簡単な言葉を話してもらい、発音がはっきりしているか、内容が明確かを確認します。
異常のサイン
言葉が不明瞭・ろれつが回らない、または会話が成り立たない場合は、脳の言語を司る部位が障害されている可能性があります。
T:Time(時間)
重要性
脳卒中は時間との闘いであり、治療開始が早いほど後遺症を最小限に抑えられます。
具体的な行動
上記の症状が確認されたらすぐに救急車(119番)を呼び、症状が始まった時間をメモして医療スタッフに伝えましょう。
FASTテストの重要性
FASTテストは、脳卒中の兆候を素早く把握し、適切な対応を取るための簡単かつ有効な方法です。症状が出た瞬間から治療までの時間が患者の予後を大きく左右するため、周囲の方がこのテストを知っていることで救命率の向上が期待できます。
症状が見られたら
脳卒中の疑いがある場合は、迷わず119番に電話し、救急車を要請することが最優先です。特に、片側の顔や腕の動きに異常が見られたり、言葉が不明瞭な場合は緊急性が高いと判断できます。その際、次のポイントも押さえて行動しましょう。
症状が現れた時間を記録
- 血栓溶解療法(t-PA)などの一部治療は、発症から数時間以内に行う必要があります。
- 症状が出始めた「正確な時刻」を医療スタッフに伝えることが重要です。
患者を安静に保つ
- 倒れている場合は、無理に動かさず楽な姿勢を取らせます。
- 吐き気や嘔吐がある場合は、気道を確保するために横向きに寝かせます。
周囲の人に協力を依頼
救急車が到着するまでの間、患者の状態を観察し、症状の変化があれば記録します。
患者の意識や反応を観察
- 意識がはっきりしているか、呼びかけに反応があるかを継続的にチェックします。
- 症状が悪化した場合は、その経過を医療スタッフに伝えましょう。
FASTテストの限界
FASTテストは簡易的かつ有効な脳卒中チェック方法ですが、以下のようにすべての脳卒中症状を網羅しているわけではない点に注意が必要です。
小脳・脳幹の障害を見逃す可能性
めまいやふらつき、呼吸困難など、小脳や脳幹が関与する症状はFASTテストでは把握しにくい場合があります。
軽度の症状を見逃すリスク
- 初期の脳卒中は麻痺や言語障害が軽度で、自覚しにくいことがあります。
- 「少し手が動きにくい」「頭がぼんやりする」などの軽い異常感も、脳卒中の可能性があります。
くも膜下出血の症状が含まれていない
- 「突然の激しい頭痛」が特徴のくも膜下出血は、FASTテストの項目に直接含まれていません。
- 激しい頭痛がある場合も、脳卒中を疑って早急に受診してください。
まとめ
FASTテストは、顔・腕・言葉・時間を確認することで脳卒中の可能性を素早く見極めるのに非常に有用な方法です。ただし、テスト結果が正常でも、他の症状や軽度の変化が見られる場合は、すぐに医療機関を受診することが大切です。脳卒中は「時間との勝負」であることを忘れず、少しでも疑わしい症状があれば迷わず救急車を呼ぶという意識を持ってください。周囲の方々もこのテストの重要性を理解し、いざというときに迅速な行動が取れるよう備えておきましょう。
脳卒中の検査・診断方法
脳卒中は、いち早く正確な診断を行うことで後遺症を最小限に抑え、適切な治療へとつなげることができます。以下に、脳卒中が疑われる際によく行われる主な検査方法をまとめました。
1. 画像診断
CT(コンピュータ断層撮影)
短時間で撮影が可能で、脳内出血やくも膜下出血の有無を速やかに確認するのに適しています。
MRI(磁気共鳴画像)
脳梗塞を高精度で検出できます。特に急性期の脳梗塞や小さな梗塞巣の診断に有用です。
MRA(磁気共鳴血管撮影)
脳血管の状態を映し出し、血管の狭窄や閉塞の有無を確認します。血管の形態把握が重要なときに活用されます。
2. 血液検査
血糖値
高血糖は脳卒中のリスク要因となります。
コレステロール値
高コレステロールは動脈硬化を進行させる要因で、脳梗塞リスクに影響します。
凝固因子
血液の固まりやすさを評価し、血栓形成のリスクを予測します。
3. 心電図・心エコー
心電図
不整脈の一種である心房細動など、血栓の原因となる可能性のある心疾患を検出します。
心エコー
心臓内部の構造や動きを調べ、血栓の形成リスクや弁の異常などを診断します。
4. 頸動脈エコー
狭窄や動脈硬化の評価
脳に血液を送る頸動脈の状態を超音波で観察し、動脈硬化や狭窄の程度をチェックします。脳梗塞のリスク評価に役立ちます。
詳しい検査内容について
各検査の詳細や当クリニックで使用している機器の紹介については、下記よりご覧いただけます。
検査機器の紹介へ
脳卒中の治療
脳卒中は「脳梗塞」「脳出血」「くも膜下出血」の3つに大きく分けられ、発症からの時間や患者さんの状態によって治療法が異なります。いずれの場合も早期治療が予後を大きく左右するため、疑わしい症状があれば迅速に医療機関を受診することが大切です。
タイプ別の治療法
1. 脳梗塞の治療
脳梗塞は、血栓や動脈硬化により脳の血管が詰まって血流が途絶え、脳細胞が損傷を受ける病気です。治療の主目的は、詰まった血管を再開通させて脳への血流を回復させることにあります。
血栓溶解療法(t-PA)
血栓を溶かす薬(アルテプラーゼ)を静脈投与し、閉塞した血管を再開通させます。 発症から4.5時間以内という時間的制限があり、適応条件を満たさないケースもあります。 血管内治療(カテーテル治療) カテーテルを使って直接血栓を除去します。 発症から6~24時間以内に行うことで、高い効果が期待されます。 大きな血管が詰まっている場合やt-PAが使えない場合に特に有効です。
抗血小板薬・抗凝固薬の投与
再発予防を目的に行われます。 原因や患者さんの状態に応じて、アスピリン、ワルファリン、DOAC(直接経口抗凝固薬)などが選択されます。
2. 脳出血の治療
脳出血は、脳内の血管が破れて出血し、流れ出た血液が脳を圧迫して神経障害を引き起こす病態です。治療の主目的は、出血の拡大を防ぎ、脳へのダメージを最小限に抑えることにあります。 血圧管理 出血の拡大を防ぐため、降圧薬を用いて血圧を適切な範囲内に保ちます。 手術治療 血腫除去:脳を圧迫している血の塊を取り除き、神経へのダメージを軽減する。
3. くも膜下出血の治療
くも膜下出血は、脳を包むくも膜の下にある空間に出血が起こる病態で、脳動脈瘤の破裂が主な原因です。治療の主目的は、再出血を防ぐことにあり、動脈瘤を処置することが中心となります。
動脈瘤のコイル塞栓術
カテーテルを用いて動脈瘤内にコイルを詰め、血液の流れを遮断する方法です。
開頭クリッピング術
開頭して脳動脈瘤の根元を金属クリップで閉鎖する手術です。 動脈瘤が大きい場合やカテーテル治療が困難な場合に選択されます。
早期治療の重要性
どのタイプの脳卒中においても、発症からの時間が治療の効果や選択肢を大きく左右します。
- 脳梗塞:発症から数時間以内に行う血栓溶解療法や血管内治療が有効
- 脳出血:血圧管理や出血量に応じた手術を迅速に検討
- くも膜下出血:脳動脈瘤への処置を早急に行い、再出血を予防
特に、発症からの経過時間によって使える治療法が大きく変わるため、少しでも異変を感じたらすぐに医療機関へ連絡し、検査・治療を開始することが重要です。適切な治療を迅速に受けることで、後遺症を最小限に抑え、生活の質を維持しやすくなります。周囲の方も含め、脳卒中の初期症状にいち早く気づき、速やかな対応を心がけましょう。
脳卒中の予防
脳卒中の主なリスク要因には、高血圧や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病があります。これらをしっかり管理するとともに、日頃の生活習慣を見直すことで、脳卒中を未然に防ぐ可能性が大きく高まります。以下に、具体的な予防方法を詳しく解説します。
1. 生活習慣の改善
(1) 食事
減塩の徹底
高血圧の方では1日あたりの塩分摂取量を6g未満に抑えることが推奨されます 野菜・果物の積極的な摂取 野菜や果物に含まれるカリウムには血圧を低下させる効果が期待されます。
(2) 運動
中程度の有酸素運動を週150分以上行うことが推奨されています。 具体例:30分のウォーキングを週5回など 効果:血圧低下、体重管理、血糖値の安定など、多面的な健康維持に役立ちます。
(3) 禁煙・節酒
喫煙は動脈硬化を進行させる最大のリスク要因の一つです。 禁煙することで脳卒中リスクが大幅に低下します。 アルコールは脳出血のリスクを上昇させることが知られています。
2. 生活習慣病の管理
高血圧 最も重要な脳卒中リスクであり、特に140/90 mmHgを超える場合には降圧薬の使用を検討します。 糖尿病 血糖値やHbA1cを適正範囲に保ち、食事療法・薬物療法を継続的に行います。 脂質異常症 LDLコレステロールを低下させるため、スタチンなどの薬物療法が有効です。
3. 心房細動の管理
心房細動は、不整脈の一種で心原性脳梗塞の主要な原因です。 心臓内で血液がよどみやすくなり、血栓が形成されるリスクが高まります。 抗凝固薬(ワルファリン、DOACなど)を適切に服用することで血栓形成を防ぎ、脳梗塞のリスクを大幅に減らせます。
4. 定期検診の重要性
頸動脈エコー
頸動脈にプラークや狭窄がないかを確認し、動脈硬化の進行度を把握します。
血液検査
血糖値やコレステロール値を測定し、生活習慣病の管理状況を評価します。
早期発見・早期対処
動脈硬化の兆候が見られれば、食事や薬物療法を通じて早期に対処し、脳卒中のリスクを減らせます。
脳卒中のまとめ
脳卒中は、一度発症すると重い後遺症を残すことや生命に関わる可能性が高い病気です。
しかし、
- 高血圧・糖尿病・脂質異常症など生活習慣病を適切に管理する
- 禁煙、運動、バランスの良い食事、適切な睡眠など生活習慣を改善する
- 心房細動などの不整脈を管理し、定期検診を行う
といった取り組みを継続することで、発症リスクを大幅に低下させることができます。
さらに、脳卒中の症状は多くの場合「急激に」起こるため、怪しい症状があれば速やかに医療機関を受診し、検査と治療を受けることで後遺症を最小限に抑えることが可能です。周囲の方の協力や、万一の際に備えた正しい知識の共有が大切です。
日頃から最新のガイドラインや主治医の指示を活用し、健康的な生活を心がけましょう。もし気になる症状やリスクを感じた場合は、迷わず医療機関へ相談することが、脳卒中予防と早期治療の第一歩です。